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佐賀地方裁判所 平成2年(ワ)195号 判決

原告

吉田春子

吉田秋男

右両名訴訟代理人弁護士

松尾紀男

宮原貞喜

安永宏

蜂谷尚久

河西龍太郎

本多俊之

中村健一

松田安正

前田和馬

被告

甲野太郎

甲野二郎

乙川四郎

右三名訴訟代理人弁護士

石川四男美

主文

1  被告らは、各自、原告吉田春子に対して一二三〇万円、原告吉田秋男に対して六〇〇万円及びこれらに対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  右第1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告らは、各自、原告吉田春子に対して二四七五万円、原告吉田秋男に対して一一〇〇万円及びこれらに対する平成元年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一請求の原因

1  当事者

(1) 原告吉田秋男(以下「秋男」という。)と原告吉田春子(当時、四二歳、以下「春子」という。)とは、昭和五九年七月から、「Y運転代行」の名称でいわゆる運転代行業を営んでいた。

(2) 被告甲野太郎(昭和二一年一月一二日生、以下「太郎」という。)は暴力団「○○組」の組長、被告甲野二郎(昭和一三年九月八日生、以下「二郎」という。)は太郎の兄で、○○組の特別相談役、被告乙川四郎(昭和四四年一一月二一日生、以下「乙川」という。)は○○組の組員であった。

2  被告らの違法行為

(1) 春子は、平成元年一〇月一六日午後一〇時五五分頃、伊万里市伊万里町甲四一三番地付近道路を運転代行用自動車で走行していたところ、乙川に呼び止められた。乙川は、運転席外側から、春子の首付近をつかんでカッターナイフで切り付け、春子に右顔面及び前胸部切創の傷害を負わせた。

(2) 右(1)のころから二郎及び○○組組員は、「Y運転代行」の従業員らに対して「Y運転代行」をやめなければ身体に危害を加えるなどと脅迫して運転代行をやめさせ、「Y運転代行」の業務を妨害した。また、○○組組員らは、「Y運転代行」の事務所にも、業務を妨害し、あるいは、生命身体に対して危害を加える旨の電話をしばしばかけ、秋男と春子に重大な精神的苦痛を与えた。

3  被告らの共謀

二郎は、昭和六一年一〇月頃から、○○組の威勢を利用して伊万里市内の代行運転業者の組合を組織し、自己の支配下におくことを企図したが、原告らが反対した。それ以来、二郎と太郎は、原告らに対して組合に参加するように執拗に迫り、また、○○組組員らによって「Y運転代行」の運転代行用自動車のフロントガラスを取り外すなどの嫌がらせをした。これに対して、春子は、昭和六一年一二月頃、太郎から暴力団○○組の威力を示して脅迫されたとして、太郎を伊万里警察署に告訴した。太郎は、これにより平成元年六月二九日に逮捕されたが、同年七月一九日に処分保留で釈放された。その後、右2の各行為を含め種々の嫌がらせが○○組組員によって行なわれた。

右事実によれば、太郎と二郎は、原告らを自己に従わせるため、乙川を始めとした○○組組員に対して明示黙示に指示して右2の行為をさせたというべきである。

4  太郎の使用者責任

仮に太郎と二郎、乙川との間に共謀の事実が認められないとしても、本件は、太郎が、運転代行業者の組合を結成させ、これを○○組の勢力拡張のために利用しようとしたところ、これに反対した原告らに対して○○組の組員である二郎、乙川らが前記2記載の不法行為を行なったものであるから、報償責任、危険責任の見地から使用者たる太郎は、不法行為責任を負うというべきである。

5  原告らの損害

(1) 春子について

(a) 休業損害 一日あたり一万円として三〇日分

三〇万円

(b) 治療費・入院費・入院雑費・交通費

一〇万円

春子は、前記2(1)の傷害の治療のため、平成元年一〇月一六日から同年一一月六日まで、医療法人謙仁会山元外科医院に通院し、平成二年一月一九日から同月二六日まで聖マリア病院に入院し、その後も通院して治療中である。

(c) 入院及び通院による慰謝料

五〇万円

(d) 後遺症による逸失利益

八六〇万円

春子は、現在も顔面に切られた痕が残っている。これにより春子は労働能力の二〇パーセントを喪失した。

269万7200円(全女子の平均賃金)×15.944(新ホフマン係数)×0.2(労働能力喪失割合)=860万0831円≒860万円

(e) 後遺症による慰謝料

一〇〇〇万円

(f) 右2(1)の傷害行為及び(2)の脅迫行為による慰謝料

三〇〇万円

(g) 弁護士費用 二二五万円

(2) 秋男について

(a) 営業を妨害されたことによる逸失利益

五〇〇万円

(b) 右2(2)の営業妨害及び脅迫行為による慰謝料

五〇〇万円

(c) 弁護士費用 一〇〇万円

二請求の原因に対する認否

1  請求の原因1はいずれも認める。

2  同2(1)は認める。(2)は否認する。

3  同3は否認する。

4  同4は争う。

5  同5はいずれも不知。

第三当裁判所の判断

一本件の経緯

1  被告らの経歴

太郎は、昭和四〇年頃から暴力団に出入りするようになり、同五〇年頃からは「△△組」の伊万里支部長として主として伊万里市を中心に活動するようになったが、同五九年一〇月、○○組を起こした。○○組は、本件当時、伊万里市最大の暴力団組織になっていた。また、太郎は、有限会社甲野産業の代表取締役として、飲食店等の広告チラシの発行、飲食店等に対する鳥龍茶や生花の販売等をしていた。(〈書証番号略〉)

二郎は、昭和四二年頃、暴力団丙山組の組長であった丙山六郎の舎弟としてその組員となり、昭和五九年頃から太郎が組織した○○組の相談役となった。(〈書証番号略〉)

乙川は、平成元年六月頃から○○組に出入りするようになり、同年九月一五日、○○組組長代行aから盃を受けて正式に○○組組員となったが、未成年であったことから組の当番等は担当せず、組事務所に詰めているということはなかった。(〈書証番号略〉)

2  伊万里市における運転代行業者の組合の結成について

秋男は、春子とともに、A経営の「ホ運転代行」に勤務していたが、昭和五九年七月頃から自ら運転代行業をはじめた。その後、「Y運転代行」で勤務していたBが、同年一二月頃、独立して「へ運転代行」を始め、同六〇年一二月頃、吉海某、永田某が「Y運転代行」から独立してdの援助を受けて、「イ運転代行」を始めた。イは、まもなく、d自身が経営するようになった。同じ頃、C某が「Y運転代行」から独立してその父Dとともに「ロ運転代行」を始め、同六一年九月頃、「Y運転代行」に勤務していたことがあるEが「ハ運転代行」を始めた。同年六月頃、イに勤務していたF某が、独立して「ニ運転代行」の営業を始めようとしたところ、dが立腹して二郎に相談し、○○組が右Fらを追い回したりしたことから、ニは間もなく廃業してしまった。

同年一一月頃、二郎の関与のもとに運転代行業者の組合を作ることをdが発案した。その理由は、これ以上同業者が増えて共倒れになることを防ぎ、同業者間での運転手の引抜きや嫌がらせをやめようというものであった。そのための第一回目の会合には、イ、ハ、「ホ運転代行」、「へ運転代行」が参加した。原告らは、運転代行業に暴力団が関与することを嫌い、参加しなかった。参加したハと「へ運転代行」も暴力団の関与には賛成でなかった。第二回目の会合は、同月下旬頃に開かれたが、イ、ハ、「ホ運転代行」しか参加しなかった。二郎は、この会合に出席し、運転代行業者の組合については、太郎は関係せず、二郎が取り仕切ることに太郎との間で話がついていると述べた。さらに、第三回目の会合について、太郎も参加すること、今度参加しない業者は潰すと二郎が言っている旨の連絡が各業者になされたため、春子は、応じないといよいよ○○組に潰されてしまうと考えた。そこで、春子は、その妹の川本夏江から太郎を紹介されたことがあったため太郎と面識があったので、秋男と相談のうえ、太郎に会って運転代行業に○○組が関係しないように要請してみることにした。(〈書証番号略〉、春子本人尋問の結果)

3  春子が太郎を告訴するに至った経緯

春子は、昭和六一年一二月六日午前九時過ぎ頃、太郎方に電話で用件を伝えたうえ、午前一一時頃、三女花子(当時一歳一一か月)を連れて太郎方を訪問した。太郎方応接間において、春子は、太郎と面談した。春子は、太郎に対して暴力団が関係していては運転代行の客が減るので困ること、現にイは、暴力団が関係しているから恐いという者があることから、○○組が運転代行に関係することはやめてほしいと申し入れた。これに対して、太郎は、春子に対して、「暴力団を恐がっているという客は誰か、今から行って追い出してやる。自分の言うことを聴かない者は、伊万里に住んでもらわなくてよい。運転代行は余所ではすべて暴力団が取り仕切っているから、伊万里もそうしなければならない。自分がしようと思っていたが二郎がイから頼まれているというので、二郎に任せた。二郎に力があるように見えるのは、俺が後にいるからだ。」と言って、暴力団の力を誇示して春子の申入れをはねつけた。そして、さらに「あんたのところはこの間の集まりに来ていなかった。自分に楯突くものは叩き潰す。あんたのところからそうしようと思っていた。言うことを聴かなければ、組の者が黙っていない。従業員の家を一軒一軒回ればよい。」と言って、太郎の言うとおり運転代行業者の組合に参加するように強要した。

春子は、太郎から二郎に会うように言われ、同月六日午後六時頃、二郎方を訪問した。二郎は、春子に対して「もう少しであんたのところを潰すように仕掛かっていた。弟からも話を聞いているから、悪いようにはしない。組合に入っていたほうが安心だ。今度の会合にきてくれ」と言い、春子は、太郎からも強要された直後であったので、次の会合には参加することにした。

同月八日午後三時頃、伊万里市所在の喫茶店「ノーブル」で、前記運転代行業者六業者と二郎が集まり、会費を月々五〇〇〇円とすること、二か月に一度三業者ずつ広告を太郎が経営する前記会社が発行する広告誌に掲載することが決められた。

その日のうちに、○○組から「Y運転代行」に電話があり、今月から広告を入れてくれとの依頼があった。春子が断ったところ、太郎は、「俺はそれでよいが、若い者がそれでは」などと言い、語尾を濁して電話を切った。

同月一五日夜、dが電話で春子に、翌日に運転代行業者の会合を開く旨の連絡をしてきたが、春子は差し支えがあって出席できないかもしれないと答えた。その後まもなく、何者かが「Y運転代行」の車両のフロントガラスのゴムパッキングをカッターナイフで何か所も切り付けて逃げて行った。翌一六日午前一時頃、春子がそのことで二郎に電話すると、二郎から「太郎が春子に腹を立てている。一六日午後一時に「ノーブル」に来るように。」と言われた。

同月一六日午後一時、春子がEとともに「ノーブル」に行くと、二郎、d、B、Aがそこにおり、Cが遅れてやってきた、途中で現れた太郎は、Cに対して「なぜ代行始めるときに俺のところにあいさつに来なかったのか。」等と因縁を付けたうえ、「痛い目に遭わせなければ判らないのだろう。」等と言ってCの襟首をつかんだり、外へ連れ出そうとしたりした。太郎が二郎の取成しで帰った後、二郎は、「太郎が承知をしないので、広告は毎月入れてくれ。」と言った。

dの発案にかかる運転代行業者の組合は、「Y運転代行」、「ロ運転代行」が参加せず、イ、ハ、「ホ運転代行」、「へ運転代行」の四業者で結成され、伊万里市運転代行組合と称し、その組合長には二郎が就任した。

春子は、同月一八日、前記認定の太郎方での経緯について、伊万里警察署に被害の申告をした。伊万里警察署警察官は、右事実について暴力行為等の処罰に関する法律違反に当たるとして、太郎の逮捕状の発付を得て、昭和六二年一月からその行方を探索したが、発見することができなかった。その直後頃、春子に対して、夏江から被害届けを取り下げるように再三依頼があった。夏江の夫である川本次男は、太郎と親しく、○○組の会合にしばしば出席する間柄であった。

その後、春子方の飼猫が殺されたり、ガラス壜や石が春子の住居に投げ付けられるということがあった。また、○○組組員による「Y運転代行」の運転手に対する嫌がらせや、「Y運転代行」をやめるようにという脅迫もあった。(〈書証番号略〉、秋男及び春子の各本人尋問の結果)

4  太郎が処分保留で釈放された後の経緯

太郎は、平成元年六月二八日に至って、前記川本次男方に潜伏していたところを暴力行為等の処罰に関する法律違反の被疑事実により逮捕されたが、七月一九日、処分保留のまま釈放された。

同年八月末頃春子運転の自動車に爆竹が投げ付けられたり、九月一四日には、太郎と二郎が、組員と目される一〇名くらいの者に対して、たまたま通り合わせた春子を指して、告訴したのはあの女である等と言ったり、「Y運転代行」の自動車が後を付けられたり、「Y運転代行」の事務所に無言電話があったりした。

そして、春子が乙川から切り付けられて顔面及び胸部を負傷した同年一〇月一六日の翌日、「Y運転代行」の従業員二名が、春子が切られたことで恐くなったという理由で退職した。その後、理由を明らかにせずに従業員がやめることが多くなったが、その中には、その後、○○組の者から脅迫されていたり、○○組のことを恐れたためであったりしたことが明らかになった者もいた。(〈書証番号略〉、春子本人尋問の結果)

5  乙川の犯行について

乙川は、○○組の自動車を運転して「Y運転代行」の事務所の様子を探ったり、事務所に電話をして誰がいるかを確認したり、太郎とともに「Y運転代行」の自動車を後から付けたりしていた。そして、犯行当日は、いつも運転している○○組の自動車ではなく、友人から自動車を借りて伊万里市浜町所在の駐車場まで行き、そこで、エンジンの始動キーを車内に残したまま、扉をロックして徒歩で市の中心街に向かった、そして、犯行現場においては、「Y運転代行」の自動車を認めて近付くのを待ち、運転手が女性であり、それが春子であると考えてカッターナイフで顔面等を切り付け、直ちに警察に自首した。なお、乙川は、この時まで直接は春子との面識がなかった。また、犯行現場は、道路幅が狭いうえ、夜間は酔客が多いので徐行して運転せざるをえず、また、同所において一時停止すべき表示がなされており、それらのことを乙川は認識していた。(〈書証番号略〉)

6  業務妨害及び脅迫行為について

(1) 平成元年一一月二三日午後一〇時頃、「Y運転代行」の従業員であったGが、「Y運転代行」と表示した自動車で客を送っていった従業員を迎えに○○組の事務所北側のアパートに行ったとき、i外二名の若い男が同組事務所から出てきて、「様子ば見にきたのか。この道は通るな。」と言って脅した。(〈書証番号略〉)

(2) 一一月二四日午前一〇時頃、伊万里市立花町所在の市営住宅付近において、「Y運転代行」の従業員であったHは、iから睨み付けられて「おまえ、まだYに行きよっとや。おまえがいるときになにもないとよいが、おいの事務所の黒板におまえの名前ものっとったぞ。なにもないうちにやめろ。」等と命令口調で脅迫された。Hは、このまま「Y運転代行」の勤務を続ければ、春子のように切られたりするのではないかと恐れ、一二月初旬、右勤務をやめた。(〈書証番号略〉)

(3) 同年一二月四日午前一時四五分頃、「Y運転代行」の従業員であったIは、伊万里市内の寿通りにおいて、客待ちをしていたところ、暴力団風の男から、今度は従業員が切られる番だからやめたほうがよいと脅迫された。

右暴力団風の男が○○組組員であったとの直接の証拠はないが、前記1ないし5記載の事実関係によれば、この男が○○組の組員であったことを推認することができる。(〈書証番号略〉)

(4) 平成元年一一月二四日頃から「Y運転代行」に勤務する自動車運転手であったJは、同年一二月七日午後四時頃、伊万里市瑞穂町所在のパチンコ店「シティパレス」で、遊戯中、二郎から声をかけられた。そして、二郎に促されて、二郎に同行していた○○組の相談役であったeとともに同店駐車場に駐車中の二郎所有の自動車の後部座席に乗せられた。前部座席に二郎とeとが座り、一〇分くらいの間、二郎がJに対して、「Y運転代行で働くのをやめろ。○○組とYとの経緯を知っとろうもん。Yの奥さんの顔を切ったのは○○組の若い者だ。あれだけやってもまだ代行業を続けているから今度は運転手の番だ。おれたちは相談役だから直接には動かないが若い者がやる。若い者がやることだからだれを狙うかは判らない。代行で働きたいのならほかを紹介してやる。今度の給料をもらったらやめろ」等と言い、やめなければ狙われるかもしれないことをほのめかして脅迫した。eは、前歯のない男というのはおまえのことだったのかと、暗に、○○組がJに注目していることを匂わせたほか、終始Jをにらみ付けるような態度であった。(〈書証番号略〉)

(5) 平成元年一二月一七日午後一一時六分頃、春子が同年秋に開店した飲食店「くいしんぼ」に匿名の電話で何者かが、「Yと一緒のもんか。長生きせろよ。母ちゃんのごとやるけんな。年内にやるぞ。」等と脅迫をしたうえ一方的に電話を切った。また、「Y運転代行」の事務所等に無言電話や「今日やるぞ。」、「みんな死ね。」等の脅迫電話が掛かってきた。

電話を掛けた者が○○組組員であったという直接の証拠はないが、前記1ないし5認定の事実によれば、電話を掛けた者は○○組の組員であったと推認することができる。(〈書証番号略〉、春子本人尋問の結果)

(6) 平成元年一〇月又は一一月頃、○○組事務所に対して行われた捜索差押えの際、組事務所の黒板に「Y運転代行」の従業員の名前等が記載されていた。(秋男本人尋問の結果)

7  その後の経過について

春子に対する前記傷害事件で身柄拘束中の乙川に対して、aから現金二四万円が差し入れられ、太郎、二郎はじめa、i、e等の組関係者の差入れあるいは面会が頻繁に行なわれた。(〈書証番号略〉)

平成二年四月に○○組組員となったfと同年五月に同組組員となったhは、同年六月一日午前零時頃、伊万里市伊万里町甲五〇三番地所在のスナック「バッカス」から運転代行の依頼を受けて赴いた「Y運転代行」の運転手であるKに対して「Y運転代行がなにか。しまやかすぞ。○○組万歳。」等と怒号して脅迫した。(〈書証番号略〉)

8  運転代行業組合の実体

「伊万里市運転代行組合」では、発足後毎月五〇〇〇円の会費を二郎が徴収し(dに持っていく者もいる)、年に数回開催される会合の際には二郎がその費用を支払っていた。組合の会費がどのように管理されているか不明である。平成元年三月の会合で、運転代行の基本料金を五〇〇円から一〇〇〇円に値上げすることが決められた以外、組合としての活動は主として親睦を目的とするものであった。

二郎は、運転代行業者に、「あんたたちは月々五〇〇〇円でよいが、自分は○○組と××組にそれぞれ数万円をやらなければならない。」などと話し、会費がみかじめ料として○○組等に上納されていることを匂わせていた。(〈書証番号略〉)

二業務妨害及び脅迫行為について

前記一6認定の事実によれば、平成元年一一月下旬頃から同年末頃までの間に○○組の組員が「Y運転代行」の従業員に対して脅迫して「Y運転代行」をやめさせようとし、あるいは「Y運転代行」に運転代行業務中に危害を加えるとの脅迫等の電話を掛けてその業務を妨害したこと、また、従業員等に対する脅迫や電話による脅迫により原告ら及び「Y運転代行」の従業員らの生命、身体に対する害悪を告知して、原告らに畏怖の念を生じさせるなどの精神的苦痛を与えたことは明らかであるというべきである。

三共謀について

前記一3ないし8認定の事実によれば、「Y運転代行」が運転代行業者の組合に参加しないことが明らかとなった直後頃から、○○組組員による「Y運転代行」を狙った種々の脅迫や嫌がらせが継続的に行なわれているということができる。また、昭和六一年一二月六日の春子に対する太郎の言動のなかにも、○○組が伊万里市の運転代行業者を支配し、反対者は排除するという意思が明らかにされ、同日の春子に対する二郎の言動も、「Y運転代行」を潰すように仕掛かっていたとして○○組がその準備をしていたことを明らかにしている。また、平成元年一〇月頃から一一月頃にかけて、○○組の事務所の黒板に「Y運転代行」の従業員の氏名及び住所が書かれていた。このように運転代行業を○○組が支配しようとの動機、その支配の道具となるべき組合に反対する者について○○組をあげて攻撃する意図が太郎や二郎にあったこと、多数の脅迫又は嫌がらせが○○組組員によって実行されていることを総合すれば、太郎と二郎が相談したうえ、「Y運転代行」を攻撃し廃業させようと企てていたことを推認することが優に可能である。

乙川は、犯行当日、○○組の自動車の利用を避け、友人から借りた自動車を、エンジンの始動キーを車内に放置したまま扉をロックして、いわば乗り捨てたということができる。そして、犯行場所は、前記認定のとおり待ち伏せに格好の場所である。しかも、乙川は、春子と直接の面識がなかったにもかかわらず躊躇することなく春子に切り付け、犯行後は、直ちに自首している。他方で、乙川は、平成元年六月頃から○○組に出入りするようになったばかりで、しかも、当番等の役割はなく、日常的に組の活動に関与していたものではないことがうかがわれることからすると、二年前からの○○組と「Y運転代行」との間の経緯や「Y運転代行」の経営者、従業員等の人別を十分に把握していたとは考えられない。このような乙川の一連の行動と○○組での活動歴からすれば、乙川の犯行は、乙川以外の者が関与し、計画的に実行されたものであることを推認させる。そして、これが前記一4及び6認定の○○組による脅迫や嫌がらせと時期を同じくして敢行されていることからすれば、乙川の犯行自体、太郎と二郎が「Y運転代行」を廃業させることを企てた結果、○○組組員によってなされた一連の行為の一部であると考えるのが相当である。

したがって、請求の原因2掲記の乙川の傷害行為及び二郎を始めとする○○組組員等による業務妨害及び脅迫行為は、いずれも太郎と二郎とが中心となって相談したうえ、乙川をはじめとする○○組組員に指示するなどして行なわれたもので、いわば組ぐるみで行なったものといえ、太郎、二郎及び乙川の間には右各行為について共謀があったというべきであるから、被告らは、右各行為の結果、原告らが被った損害について連帯して賠償すべき責任がある。

四原告らの損害について

(1)  春子について

(a) 休業損害

傷害の部位、程度に照らし、約三〇日の休業が必要であったものというべきであり、その損害額は、二〇万円と認めるのが相当である。

(b) 治療費・入院費・入院雑費・交通費

少なくとも一〇万円の損害を受けたことが認められる。(〈書証番号略〉)

(c) 傷害行為及び入院及び通院による慰謝料

当初治療に当たった山元外科医院での通院期間は約三週間であり、聖マリア病院での入院期間が約一週間、その後も通院していたこと(〈書証番号略〉)、傷害の部位、程度、傷害を受けるに至った経過その他諸般の事情を考慮すると五〇〇万円と認めるのが相当である。

(d) 後遺症による逸失利益

これを認めるに足りる証拠はない。

(e) 後遺症及び脅迫行為による慰謝料

春子は、現在も顔面及び胸部に切られた痕が残っていること、本件が○○組による暴力団特有の執拗かつ陰湿な不法行為であることその他本件不法行為の経緯を考慮すると五〇〇万円と認めるのが相当である。

(f) 弁護士費用

事案の性質、損害額等諸般の事情を考慮し、二〇〇万円と認めるのが相当である。

(2)  秋男について

(a) 営業妨害による逸失利益

これを認めるに足りる証拠はない。

(b) 営業妨害及び脅迫行為による慰謝料

本件が○○組による暴力団特有の執拗かつ陰湿な不法行為であることその他本件の経緯を考慮すると五〇〇万円と認めるのが相当である。

(c) 弁護士費用

諸般の事情を考慮し、一〇〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上のとおりであるから、本件請求は、春子については一二三〇万円の、秋男については六〇〇万円の限度で理由がある。そして、本件の経緯全般に照らすと、乙川の傷害行為と○○組組員等による営業妨害及び脅迫行為とは、組ぐるみで行なわれた全体として一個の不法行為というべきものであり、これは遅くとも平成二年一月一日までには終了したものということができる。したがって、被告らの右各金員支払義務は、平成二年一月一日から履行遅滞に陥っていたというべきである。

(裁判長裁判官生田瑞穂 裁判官岸和田羊一 裁判官飯畑正一郎)

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